ルールを守る日本人 世界でも類を見ない真面目すぎる国民性


ルールを守る日本人 世界でも類を見ない真面目すぎる国民性

(ライターFT)

 会津藩では什の「掟―じゅうのおきて(ならぬことはならぬものです)」という掟があります。町内の区域を「辺」という単位に分け、辺を細分して「什」という藩士の子弟のグループに分け、「什長」というリーダーが選ばれ、什長は毎日、什の構成員の家の座敷を輪番で借りて、什の構成員を集めて後述の7ヶ条からなる「什の掟」を訓示、これが現代の風紀の乱れやいじめ問題に共感したベストセラーとなった藤原正彦の著書『国家の品格』で取り上げられ、全国区となったのですが・・・

 日本では大麻取締法により厳しく規制されている 

 栽培や所持、譲渡が違法となる

 大麻取締法第3条では、大麻の「栽培」と「所持」、「譲渡」を禁止しています。違反した場合は、栽培ならば7年、所持や譲渡ならば5年以下の懲役刑が科されます。営利目的で栽培や所持を行った場合にはさらに重い刑罰が下されます。

 ちなみに、大麻取締法では「使用」については禁止していません。その理由は、煙を吸い込むことで意に反して大麻の成分を摂取してしまうからと考えられています。とはいえ、使用する過程では必然的に大麻を所持する必要があるため、使用した結果「所持」したとして処罰される可能性はあるため注意です。

🌟日本にもやって来る?大麻合法化の流れと、今ある大麻関連の法律




会津誉 日本酒サイト

 例えば昨年のWBO世界線の井岡一翔のタトゥ問題です。

 Yahooなどの井岡一翔の記事の読者コメントを見ていると、犯罪、不快、反社会勢力、ルールなどの言葉が多く述べられ、井岡に批判的な意見がほとんどでした。

 中には擁護する人もいましたが圧倒的に批判する人が多いのには驚きました。


井岡一翔「改正を」海外メディアにタトゥー問題心境

 反対意見の人は圧倒的少数なのでしょう。

 この中の意見でいちばん多かったのが、「ルールを守れ」という言葉だったのです。

 会津の「什のおきて」は素晴らしい教訓と思います。

 しかしこの言葉、現代風に言い換えると「ダメなものはダメ」ということです。確かにダメなものはダメなんですが、ボクシングの海外の選手で身体中にタトゥを入れている選手がOKで日本人はダメというのはどうなんでしょう。

 競技にタトゥが邪魔であれば理由はよくわかりますが、海外選手がOKで日本人選手NGというのは納得がいかないのは私だけでしょうか?

 「ならぬことはならぬものです」や「だめ、絶対」という日本人が幼い頃から大人達にいわれてきた洗脳ではないのか?

 そこに疑問を持ったとしてもルールだからといって、思考停止するのはどうなんだろう。

 中学や高校の校則を考えてみましょう。

 その頃、理不尽な思いをした人は沢山いたはずです。


校則の是非、考える高校生 理不尽な規定、独自調査

 ひどい話になると、天然パーマでもあるにも関わらず、ストレートパーマをし直すようにいわれた話や、女子でもないのに靴下をくるぶしまで折り返せとか、フォッションセンス0の教師に強要されたりと、ずいぶん理不尽な話も多く感じていたはずです。

 海外の人の自由な発想力、自分たちで考える力、自分の意見をしっかり持っている海外の人たちと、日本人の発言力の少なさ。

 この根底にあるのは「ならぬものはならぬものです」という言葉ではないのか?

 医療大麻、嗜好品大麻問題もそうです。

 麻についての正しい情報はインターネットで沢山出ていますが、テレビなどのメディア報道ではほとんど皆無、有用性については最近でこそ少し報道するようになりましたが、まだまだというのが現状です。

 こうした日本の風潮って、世界的にみてどうなんだろう。

 日本人は優秀だけど、発想力に欠けているといわれている所以は、こうした規範を守らないとならないという小さな頃からの洗脳、といってもいいのではと思うようになってきたのは私だけではないはずだ。

 日本のようにルールはルールで守らなければならない、盲目的に信じるのではなく、なぜいけないのかを考えられなくなっているのではないのか。

 ルールを守ることで、何かを失っていることに気が付かないままでいいのだろうか? 



 校則を変えようとする奴はメンドくさい奴?

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