いい音楽を聴こう サム・クック


いい音楽を聴こう サム・クック

(ライターFT)

サム・クック 

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 サム・クック(Sam Cooke、1931年1月22日 – 1964年12月11日)は、アメリカのソウル歌手、ゴスペル歌手、ミュージシャン。

 ミシシッピ州クラークスデイル生まれ。後に家族とともにシカゴに移住。父親は牧師であり、幼い頃から聖歌隊で歌う。19歳のときにゴスペル・グループのソウル・スターラーズのリードボーカルとなり、端正なルックスでゴスペル界ではアイドル的人気を博した。

 1957年にソロ歌手としてR&Bに転向し、「ユー・センド・ミー」がヒット。これをきっかけにR&B界で数々のヒットを飛ばし、発展目覚ましかったソウル/R&B界のスターとなる。

 それまでの黒人歌手のスタイルとは一線を画した洗練された音楽性で、声の良さと歌唱力もさることながら、「クック調」と呼ばれる鼻にかかった歌い方は白人にも高く評価され、後世に大きな影響を与えた。

🌟出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』




 特に音楽のジャンルでR&Bやゴスペルが好きというわけでもないのですが、サム・クックがとても聴きたくなる時があります。

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 1964年12月11日、クックはロサンゼルスのハリウッドにある酒場で知り合った女性を「別の店へ行こう」と誘い出し、そのままイタリア製の高級スポーツカーでサウスセントラル地区にあるモーテルにチェックインした。

 酒場ではなくモーテルに入った事に驚いた女性はクックがシャワーを浴びている間に、追われないようにと服を隠した上で部屋を飛び出した。

 シャワーから出たクックは居なくなった女性を探し、全裸にジャケットと靴だけを身につけてモーテルの管理人室へ押しかけた。

 この時泥酔した状態で、管理人の女性に掴みかかるなど激しい剣幕であったため、身の危険を感じた管理人が発砲、クックは胸部に銃弾を受け死亡した。その後の裁判では正当防衛と認定され、管理人は無罪となったが、その死をめぐっては後に多くの疑問が呈された。

🌟出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


 既に没後50年以上経っている。

 それでも彼の音楽的なセンス、歌声は人々を魅了してやまない。

 33歳といいう年齢で安モーテルで射殺されるという最後、サムが黒人でなければ射殺されなかっただろう。



 1960年代のアメリカは公民権運動が始まった年代。特にアフリカ系米国人は非暴力的直接行動に打ち込む時代に突入し、平和的な対決による改革を求めた時代です。

 アフリカ系米国人の大学生らが、ウールワース(大手小売チェーン・ストア)の白人専用のランチ・カウンターに座り、拒否されてもそのまま居すわったリト、マスコミの注目を集め、同様の座り込み運動が南部各地に広がった時代になります。



 現在でも黒人差別問題ではアメリカから世界に広がりを見せているが、60年代はアフリカ系アメリカ人たちがさらに運動を強化していたという時代背景があります。

 ソウル・スターラーズとういうTOPクラスのゴスペル・カルテットの二代目リードを務めてゴスペル界で頂点を登りつめた後に、R&B・ポップ・スターに転身してこれも大成功、こんな時代にサムは頂点を極めていたのです。



 上質ないい音楽です。
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