敏腕マネージャー!ビル•オーコイン

最高に芸術的なミュージックビデオ16選 ― 音楽と映像が織りなす、質の高い作品

 世の中に溢れる悪いニュース、でも良いニュースも沢山あるんです。

 普段、気がつかない、知っていてもスルーしている私達。

 もっと小さな優しさと、ちょっとしたいいことを見つめたいと思いました。

(ライターFT)

敏腕マネージャー!ビル•オーコイン


Kiss キッスの初代マニジャー(マネージャー)、Bill Aucoin ビル・オーコイン死去。

 2010年の6月に世界的なBig Bandキッスの敏腕マネージャーがこの世を去ってしまった。



 今は亡き2代目KISSのドラマーであるエリック•カーと写るビル。

 まさにKISSとビルの出会いは運命的と言える。KISSのライヴパフォーマンスはもちろん、メイクのアイデアもビル•オーコインのアイデアだと言われている。1973年8月11日にビルはKISSのライヴを小さな会場で見ていた。よほどのインパクトがあったのでしょう。ビルはその場でKISSとマネージメント契約を交わします。

 すでにカサブランカレーベルと契約しメジャーデビューしていたKISSでしたが、鳴かず飛ばずの日々、地道にライヴをしてファンも増えていたそうですが、イマイチ爆発的なヒットはしない。ビルは元々ニューヨークのローカルTVプロデューサーだったのですが、ビジネスマンとしての腕を発揮させて行きます。



 金銭的に苦しいときもビルが自らカードを使い凌いだという逸話もあります。当時、KISSのようなステージパフォーマンスをするバンドはほぼいませんでした。アクションしながらの演奏はかなり難しい。それを確立したKISSは凄いと言わざるを得ないのですが、このアクションのアイデアもビルのアドバイスと演出だったんのです。

 こうしてKISSは世界的なBig Bandに成長するのですが、マネージメント契約の内容で対立。売上に対して25%の報酬など、メイクや曲の著作権なんかの問題で揉めに揉めてしまいビルは解雇になります。

 インターネットで見たのですが、KISS黄金期にデトロイトでライヴ後、ジーンにサインを求めたら横にいたビジネスマンにもジーンはサインを差し出し、ジーンの横にサインを書かれ、後にそれがビル•オーコインだったというエピソードを読んだ事があります。その方は当時、「価値が下がるじゃないか」と感じたそうですが、5年後くらいにそのサインを書いた人物がビルだったと知ったとき、感慨深いものがこみ上げてきたとビルが亡くなった時に言っていました。



 ビルがいなかったら、KISSのここまでの成功はなし得なかっただろうという人は多く存在します。ビジネスマンのビル、しかしビルはビジネスだけでKISSと仕事をしたのでしょうか?彼が死んだときに、KISSのメンバーは彼に哀悼の意を送り、ビルの追悼ライヴツアーも行っています。

 ビルがいないKISSだったら?

 日本でも売れなかったかも知れません。

 もう亡くなって5年もたってますが、今さらだけど敏腕マネージャー、プロデューサーとしてのビルの功績は大きいと言える。
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