赤井英和総監督


 この人の伝説は数知れず!

 今でも関西では彼の数々の伝説をみんな知っている。

(ライターFT)

赤井英和総監督


 なにわのロッキーの異名で知られたボクサーが散った日のことを
よく覚えている。

 1985年2月5日に開かれた大和田正春との試合に臨む。
しかし、またも第7ラウンドでのKO負けの後、意識不明に陥る。
急性硬膜下血腫、脳挫傷と診断され、大阪市内の富永病院で開頭手術が行われた。
搬送時生存率20%、手術後生存率50%と極めて重篤な状態であったが、無事に回復
(本人曰く、開頭中に意識が回復し、タオルで包まれた自分の脳を触ったという。
触ると強烈な吐き気を催したが、その理由が解らず何度も触っては吐き気を催した
と証言していた)。回復後はボクサー復帰も視野に入れていたが、医師からボクサー
を引退するように勧告を受け、現役を引退する。(ウィキぺディアより抜粋)



 この試合に勝てば世界戦、そして相手はかませ犬だった。

 ボクシングファンならみんな赤井の勝ちを信じ、次の世界戦を楽しみにしていた。

 今ではタレントとして活躍、今でも大阪を愛し、串カツを愛している(笑

 そしてボクシングに対する彼の愛情が近大ボクシング部の復活に力を注ぐ。

ボクシング:近畿大、赤井英和総監督迎え部を再開

 


 並々ならぬ決意でした。

 しかし!

 彼の真面目な姿なんて誰も見たくないんだ(笑

 明日は赤井英和伝説を(笑

 
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