中東の狂犬死亡

カダフィ大佐死亡

10/20の時点では情報は錯綜していました。

しかし明けて1/21は動画投稿サイトYoutubeにはニュース配信映像が

投稿され、中東の狂犬カダフィ大佐の無残な姿が携帯カメラで撮影されていた。



衝撃的なニュースだ!

(ライターFT)

中東の狂犬死亡




彼の履歴書
カダフィ大佐、謎に包まれた半生


 世界でも類をみない無血革命を起こしたのは
カダフィと明治維新の坂本龍馬くらいか。

 1969年9月1日、カッザーフィーの同志の将校たちと共に首都トリポリでクーデターを敢行。
病気療養でトルコに滞在中の国王イドリース1世を退位させ、国家の中枢機関を制圧して無血革命に成功、
イドリース1世はそのままトルコに亡命した。

 11月に公布された暫定憲法により、カッザーフィーを議長とする革命評議会(正式名称は「革命指導評議会」だが、
日本のメディアは終始一貫して「革命評議会」と呼称していた)が共和国の最高政治機関となることが宣言された
(カッザーフィーが革命評議会議長と公表されたのは翌年)。

1974年には政治理論の研究に専念するためとして革命評議会議長職権限をナンバー2のジャルード少佐に
委譲(あくまで権限移譲であり、退任はしなかった)。1977年の人民主権確立宣言により、初代全国人民委員会書記長に就任。
1979年からは全国人民委員会書記長を辞任し一切の公職を退いたが、「革命指導者」として2010年現在に至るまで実質上の元首
としてリビアを指導している。
ウィキペディアより抜粋

 革命前のリビアは貧困国だった。
そして石油が見つかり利益は王族と一部の有力者が独占し、相変わらず国民は貧しいままだったことも事実。
そこでカダフィは無血革命を成功させた。石油収入は6,000億円から5年後には2兆円となり、国内のインフラ
にあてた。国民が必要とするもの、自動車、病院、工場など国民が必要とするものを整備した。

 現在もカダフィが行ってきた社会主義経済システムが敷かれていて、リビアの生活必需品はとても安価。
もちろん学費は全て無料。

 西側諸国がつけた悪のイメージ。

 ではなぜアラブの春がリビアにもやってきたのか?

 国民の不満が溜まっていたから?

 大量虐殺疑惑がある。

 


 興味がある人はここをクリックしてみるといい。
 ※注意:悲惨で残酷な子どもの虐殺映像になります。

 こうした事実も今回のカダフィ殺害に繋がる怨恨だろう。

 ネット上では本当にカダフィが悪いのか?

 などという論議も多くある。

 真実は一つだけ。

 西側のイメージ戦略なのか、リビア人たちの日本でのデモをどう捉えるか。

 皆さんも考えて見てください。

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