空前の龍馬ブームらしいぞ!6

(ライターFT)

 空前の龍馬ブームらしいぞ!6



 物語りも大きな山場を向かえています。

 そう。

 薩長同盟です。



(ライターFT)

 NHK大河ドラマ【龍馬伝】

薩長同盟



 物事がとんとん拍子に運ぶってのは見ている者にとっては面白くないものです。

 来るはずの西郷どん、待ち続ける桂さん。

 仲を取り持つ龍馬達。

 物事が簡単に運ぶなら歴史なんて面白くも何ともない。

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幕末ファン専用醤油 「薩長同盟」 坂本 龍馬

 薩長同盟は結ばれますが、龍馬伝を見ていると本当にこんな同盟が実現するのだろうか?

 なんて思ってしまいそうになりますね。

 つい最近まで殺し合いをしていた者同士、長州は草履の裏に

 薩賊と書いて草履を履いているほどの憎みよう。

 さらに西郷どんのすっぽかしもあり、学生の頃、歴史で学んだ薩長同盟なんて、

 ”薩摩藩と長州藩が同盟を結んだ。”

 こんな小さな記述しか教科書には書かれていなかったように思います。

 幕府の締め付けが厳しくなっていた長崎、兵糧米が欲しかった薩摩も米の調達に苦労していた。

 長州は前回放送でもあったように軍艦と武器が喉から手が出るほど欲しかった。幕府の長州攻めがすぐそこという時期に差し掛かっていたからというのは周知の事実。



 そこに目をつけた龍馬は亀山社中を使い、長州の為、薩摩の為、亀山社中の為、ナイスアイデアを提案する。

 薩摩名義で軍艦、武器弾薬を購入し、それを長州に流す案。

 亀山社中がこっそりと洋式銃7300挺を長州に運び、その帰りに長州から米を薩摩に運び込んだ。

 しかし西郷どんは幕府の長州征伐が始まるから長州も米がいるだろうと譲り受けた米を返そうとした。

 しかし一旦、収めたものを返してもらうのは武士のなんたらで長州も受け取らない。仕方ないので亀山社中がその米を引き受けることとなる。

 意地の張り合いですね。

 これだけしてもまだ薩長同盟は結ばれない。

 すっぽかした西郷どんのことを未だに怒っていた桂さん。

 結局、薩長同盟は締結されるのですけど、このくだり、実にイライラします。

 あまり全てここで書いてしまうと本編が面白くなくなりそうなのでこの辺りでやめておきますが、とにかくこの薩長同盟、簡単にはいかないのです。

 そして龍馬伝でもう一つ気になる人物がいます。

 お元さんです。

 キリシタンとされていますがドラマの脚色です。

 ただ、当時の長崎の芸妓には各藩が懇意にしている芸妓が必ずいたことは事実で、スパイまではどうかわかりませんが、様々な情報を流してたことは事実のようです。

 実際の龍馬との関係は以前も書きましたが龍馬の愛人としての認知度が高いようです。

 とにかく蒼井優演じる、お元さん、とてもいいですね。

 次回の放送に期待です。

 大河ドラマ 龍馬伝 第3部スタート




 龍馬伝も長崎編で薩長同盟に向けて話が大詰めに入ってきました。

 しかし先週の侍、長次郎は切なかったですね。

近藤長次郎

 戦国時代もそうですが、特に幕末は若い侍達が次々と命を落としていきますね。

 国の為、藩の為、自らの為に命を懸けた幕末という時代、

 切ないですね。

 特に最後のシーン、とてもいい演出でした。

 寂しくて切なくなりました。

(ライターFT)

 大河伝ドラマ龍馬伝

龍馬と新撰組は出会ったのだろうか?



 長次郎さんの話はさておき、第35回の放送では龍馬は京に行きます。



 もちろん、薩長同盟を結ぶ為、桂さんと西郷さんを引き合わせる為なんです。




 弥太郎が龍馬と間違えられて新撰組に拷問を受けたりとここ最近の弥太郎はどこかコミカルな役回りですね。


旧岩崎邸

 ドラマ本題は放送でじっくり見るとして、龍馬と新撰組は実際には接触したことがあるのだろうか?

 司馬遼太郎作品の龍馬が行くでは新撰組とばったり出くわすくだりが描かれています。

 実はお龍さんの回想話としての記述が残っているそうです。

 「夕涼みに二人で通りを歩いていると突然、新撰組の一味に出くわしたことがあった」

 とされています。

 新撰組の誰なのかまでは書かれていないのですが、このときは知らん振りして通り過ぎたそうです。

 だから接触らしい接触というのはこのときだけとなります。

 事実上、龍馬は新撰組と接触と言える接触はしていないと言えますね。

 龍馬の面白いといいますか、凄いところは幕府の重鎮に気にいられていたことも彼の魅力の一つではないでしょうか?

 勝 海舟はもちろん、龍馬が死ぬ少し前、大政奉還がなされる少し前、幕臣の永井玄蕃頭にも気に入られ、「龍馬には手を出すな」という通達までだされていた記録があります。

 新撰組の近藤さんは龍馬とは実際にはあってはいませんでしたが、土佐の後藤象二郎とは面会した記録があります。

 大河ドラマのように龍馬が新撰組に付け狙われていたという事実はあるのでしょうか?

 その辺は実に微妙で、中々判断が付かないのが現状です。

 ただ、物語として新撰組に狙われるストーリーのほうが、ドラマとしてはかなり面白い要素になるのではないでしょうか?
 
 一説には龍馬暗殺の犯人は新撰組とも言われていますが、どうやらこれも物語を面白くする為の推測かも知れませんし、本当かも知れません。

 後藤象二郎と近藤さんの仲から推測しても新撰組が土佐者をむやみに暗殺するとは少し考えにくいと思います。


 


写真で見る龍馬伝




 9/5放送の大河ドラマ龍馬伝、寺田屋騒動は見ごたえ十分でした。

 瀕死の龍馬、分かっていてもみたくありませんね。


この龍馬の画像は三吉慎蔵の子孫から伝わる龍馬写真の原物写真が 大浦慶の親族・竹谷家から発見。

 左手を隠しているのは寺田屋騒動で受けた怪我を隠す為と言われています。




 そして福山雅治が完全に龍馬を演じています。

 一つ屋根の下の頃の福山雅治と今の龍馬と見比べてみて下さい。

 物凄い演技が進歩しています。

 


(ライターFT)

 大河伝ドラマ龍馬伝 三吉慎蔵という人物と高杉の病


 幕末の志士たちは皆、熱い人が多いですが、この三吉さんは龍馬を救っただけでなく龍馬の死後もお龍さんなどの世話もしている。

 ドラマを見ていても分かるように三吉慎蔵は長州藩士で槍の名手。


三吉慎蔵

ウィキペディアより抜粋

1831年、長府藩の今枝流剣術師範・小坂土佐九郎の次男として生まれる。天保8年(1837年)、田辺惣左衛門の養子となり、藩校敬業館に入学。天保10年(1839年)、諸武芸師範に入門。嘉永2年(1849年)、長州藩校明倫館に入学。宝蔵院流槍術に長じ、安政2年(1855年)には長州藩師範・小幡源右衛門より免許皆伝を受ける。

 9/5放送の龍馬伝でも龍馬が三吉さんに「生涯の友」といっていたが、
この話は本当で、寺田屋騒動の後も龍馬と共に薩摩まで同伴する。

 もちろん、長州の恩人である龍馬を命がけで守った功績を認められ、長州藩主・毛利敬親より刀を下賜され長府藩からは二十石の加増、同藩目付役に任ぜられ出世した。

長州藩主・毛利敬親

 第二次長州征伐が始まると慎蔵は長府藩五番大隊軍監兼応接、六番遊撃大隊軍監に就任し、高杉晋作の指揮の下、幕府軍と戦い勝利した。



 もう少し後になるのだけど、ある事件で龍馬が遺書をしたためるのですが、その遺書も三吉慎蔵にその遺書を託すこととなる。

 龍馬が暗殺された時も、その知らせをお龍に伝えたのも三吉慎蔵だとされている。

 これほどお互いに信頼関係を築いたのは三吉慎蔵の長男にも語り継がれている。

 「坂本さんがよく裏から忍んで来て、蔵の中で父と二人きりで終日語り明かした事があったが、其蔵には何人でも寄せ付けなかった。従って父と坂本さんとの間にどんな話があったか誰も知るものがなかった。しかし母だけは、時々一升徳利を携へて蔵の中に入る姿を見かけたものだ。」

 やはり色々と酒を交わしながら朝まで語り明かしていたようです。

 三吉慎蔵は明治維新後も活躍し、71歳でこの世を去りました。

 とにかく本当の親友だったんですね。

 そして気になるのが高杉さんの病気ですね。

 私は龍馬と同じくらい高杉さんに憧れています。

 詳しくはまた改めてやりたいと思いますが、次週放送の予告編で高杉さん、吐血シーンがチラッと放送されていました。

 高杉さんって若くして亡くなったんです。

 肺結核を患っていたんです。

 知っている人も多いとは思いますが、当時のこの病、不治の病とされていました。

 二十七歳8ヶ月という短い生涯でした。

 高杉さんは幕府使節随行員として長崎から中国の上海へ渡航しました。

 高杉さんが20歳のときこんな詩を残している。

 『 翼あらば 千里の外も飛めぐり よろつの国を見んとしそ おもふ 』

もし僕に翼があったなら、千里を越えて、この空を飛び巡り様々な国を見て回ることだろう

 そういう意味の句になります。

 当初、高杉さんはベトナムに行きたかったようです。

 ベトナム行きは実現出来ませんでしたが、この句を書いた3年後に上海に行くことになります。

 当時の中国は清朝時代で、アメリカ、フランス、イギリスなどの植民地状態で、これを見た高杉さんは約2ヶ月の間、様々な情報を元に今後の日本の姿を懸念した。

 長州藩士なら誰しもが攘夷思想と思うが、高杉さんも攘夷派には間違いないのですが、普通の攘夷とは少し考え方が違う攘夷派だったと思います。


幕末の風雲児 高杉晋作


高杉晋作 功山寺決起から死まで~「知ってるつもり」より


高杉晋作旧宅1/3
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