【礎】

関西方面から北陸地方に来る時に、鉛色の空に変わると言われることがあります。
鉛色の空の下、福井から私、サカヤンがお送りします。
鉛色通信、略して「鉛通(ナマツウ!)」

今回は私サカヤンの独断と偏見による福井の礎を作った漢を
追っていく第一弾「柴田勝家」です
シリーズ化いくよ!!たぶん!


すいません。
初めに謝っておきますので後でごちゃごちゃ言わないように!

「柴田勝家」

戦国時代、織田信長の家臣で「鬼柴田」「瓶割り柴田」と武勇で名高い猛将

先の越前守護大名「朝倉義景」を滅亡させた後、朝倉氏一族でいち早く寝返った
前波吉継が越前守護大名に命じられ桂田長俊と改名し赴任したが、暴政を嫌われ
これも朝倉一族で信長に与した富田長繁と一向宗の門徒の連合軍に討たれた

一向宗、現在の浄土真宗です

さらには一向宗の門徒は富田長繁まで殺し
一向一揆の国になってしまいました。

蓮如としてみたら理想郷になったのかもしれませんね

蓮如とは一向宗を全国規模に広めたカリスマ的教祖です(一向宗の開祖は親鸞)

その後、内部紛争が起き、そこに目をつけた織田信長によって攻撃されました

その時の様子は、首塚、各史跡、寺等の説明書きからも分かる

越前市(旧武生市)の小丸城跡からは「一揆文字丸瓦」「呪い瓦」
と呼ばれるものが発掘され

「この書き物を御覧になって、後世に伝えていただきたい。5月24日に一揆が起り、前田又左右衛門尉殿が、一揆の者どもを千人ばかり捕まえられて、磔、あるいは、釜に入れてあぶり殺す成敗をされた。後世のために一筆書き留める」

と書かれている

これは越前市の越前の里で実物を見ることができる

こうして一向衆を平定させて、織田信長の支配下になった越前を

柴田勝家に委ねた

血なまぐさい話だが、こうしていずれ福井となる国は造られていったのである。

まるで柴田勝家の事がでてこなかったですが
疲れたので第一回目はこのへんで!バハハ~~イ

なんやっちゃおえ~~~

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