明石屋万吉(小林佐兵衛)という人物 其の弐 太融寺付近


 



明石屋万吉(小林佐兵衛)という人物のことに少し触れました。

 明石屋万吉(小林佐兵衛)という人物 其の壱はこちら!2008年10月07日掲載記事


今回は明石屋万吉(小林佐兵衛)が ”どつかれ屋” として幼少の頃、大阪の十三村から移り住んだ土地、現在の梅田、太融寺付近の現在は一体どうなってしまったのかをレポートしてみたいと思います。

(ライターFT)

 『明石屋万吉(小林佐兵衛)という人物

 其の弐 太融寺付近』



 明石屋万吉(小林佐兵衛)が ”どつかれ屋”として身を立てたのは11歳の頃、母と妹と暮らしてた土地を離れ一人で暮らす決心をした。

しかしまだ11歳という年の万吉は、ひょんな事から現在の大阪梅田にあるお寺、太融寺のそばにある駄菓子屋で暮らすこととなった。この駄菓子屋を経営しているのは老婆。浪華任侠伝本編ではこの駄菓子屋の老婆と万吉のやりとりが何ともおかしい。

太融寺 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

詳しくはフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』ページをご覧頂くとこのお寺の歴史はよくわかります。


太融寺




現在の太融寺付近。

夜になればまた別の顔を覗かせる。




ホテル、風俗、様々なお店が乱立する。

大阪梅田の風俗スポットとしても有名。

小説レビューでも書きましたが、万吉がもし生きていたらこの光景を見てどう思うのだろうか。

特に風俗店が多く存在する街になってしまっている。

関西でも有名な歓楽街ともいえる。

この辺りで有名なスポットといえば、梅田ピカデリーという映画館がある。この地下には大阪の最強都市伝説の舞台にもなってりいる泉の広場も存在する。

大阪 梅田 泉の広場の都市伝説は本物?




Youtube動画泉の広場



現在の梅田は再開発中で大きく変わってきている。




大阪・梅田北ヤード、超高層ビル4棟の建設が決定

こちらのページではこの地域の定点観測画像がUpされ興味深い。

大阪梅田の再開発をじっくりと定点観測してみるブログ

万吉が住んでいた場所からそれてしまったが現在の大阪駅周辺は大きく生まれ変わろうととしている。完成は2011年の予定。


空中庭園から見た梅田

何にせよ、梅田太融寺付近での撮影もかなり緊張が必要。

またまたある風俗関係の人に注意を受ける。

慣れっこといえば慣れっこになってはいますが、大阪でも有名な歓楽街を、夜間撮影するというのは結構難しくなってきている。

撮影するなら朝方を狙わないと出来ないのが寂しい。

150年前にこの地に暮らしていた人々は現在のこの状況を見たらどう思うのだろうか?

考えるだけでも面白くなってしまう。

太融寺では落語会なども催され、地域に根付いた活動も行われていたりする。これは昔からあったようです。

今回はざらっとこの付近をご紹介致しました。

大阪でも大きな街、梅田の一角に過ぎませんが、この辺りのちょっとした路次などは結構面白かったりする。


次週は幕末に起こった外国人殺傷事件を題材に西区にある神社をレポートしたいと思います。
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